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江戸の花見弁当展 ~平成27年9月30日まで開催!

更新日:2015年07月30日

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江戸むらさき名所源氏御殿山花見 

見立花の宴

手前にお酒付の銅壺、右奥に三段重ねの重箱が見える。

 

 

 

 

日本の弁当と弁当箱の歴史

 

             木の葉

         の効用

 

 

ご飯やお餅などを笹、カシワ、アシ、カシなどの葉で包むのは、葉に含まれるフィトンチドの殺菌効果を利用したものです。特に笹の葉に包まれる竹の皮や笹の葉にはサルチル酸が含まれ、この物質はことに殺菌力が強く、コレラ菌まで殺すそうです。

 

 

 

 

 

木の葉の効用

自然豊かな日本では、柏、ホウ、熊笹などの比較的大きな木の葉や筍皮が食器代わりに用いられ、木を加工した食容器が作られてきました。しかし、大工道具が発達した室町時代に木材を加工する技術が著しく向上し、食容器づくりにも影響を与えました。
べんとうという名称が生まれたのは安土桃山時代と考えられています。  これは弁当容器と弁当の両方をさす言葉でしたが、江戸時代における昼食の習慣化に伴って、庶民の間でも弁当が普及し、弁当と弁当箱が明確に区別されるようになりました。また、場面と用途に応じた多種多様な弁当箱提重・陣中見舞用弁当箱

 

 

・腰弁当・道中弁当などが作られました。

 

 ちなみに、日本で食べられてきたジャポニカ種の米は炊くと水分を多く含むため、柔らかく仕上がり、冷めてもおいしいのが特徴ですが、この特徴を最大限に引き出す炊飯法は江戸時代に登場しました。

 淡白なご飯は出汁や醤油、味噌などうま味を多く含んだ調味料で味付けした副菜や漬け物などとも相性が良く、「冷えたご飯とおかずを食べる」という独自の食文化が形成されました。

 

 

 

■花見弁当

桜の花を見て歌を詠み、風流を楽しむことは平安時代からありましたが、庶民に拡がったのは八代将軍吉宗が庶民の行楽のため、上野、飛鳥山、品川御殿山、隅田川堤、小金井堤に桜を植えてからと言われています。

江戸時代の料理本「料理早指南」(一八〇一年)には、豪華な花見弁の献立見本が掲載されています。

 

   

 

   一の重 かすてら玉子、わたかまぼこ、若鮎色付焼き、むつの子、竹の子旨煮、早わらび、打ち銀杏、長ひじき、春がすみ

   二の重 蒸かれい、桜鯛、干大根、甘露梅

   三の重 ひらめ と さより刺身に、しらがうどとワカメを添え、酢みそを敷く

   四の重 小倉野きんとん、紅梅餅、椿餅、薄皮餅、かるかん、割籠わ

       りご) 焼飯(焼きむすび)、よなめ、つくし、かや小口の

       浸物 

 

   ※「わたかまぼこ」は、アワビの青わたを入れて作ったかまぼこ

 

    ※「割籠」は、中に仕切りのある木製弁当箱

 

                    出典 松下幸子千葉大名誉教授 

  

 

 というような豪華な弁当であるが、落語では「酒は番茶、かまぼこは大根の漬物、玉子焼きはたくあん」で代用する小話があり、庶民なりの楽しみ方をしていました。因みに、江戸時代は炊きたてのお米を「ご飯」、ご飯が冷えたものを「飯(めし)」と使いわけていました。

 

 

 

器~その素材と形、機能の美しさ~

 

 

弁当箱となる重箱の美しさは、その素材や形、そして機能的な美しさにかれます。

木の香りや殺菌性等の特質を生かした素材、体の曲線に合った形状、おやお酒もセットされた重箱。漆塗りや蒔絵を施した豪華な重箱。いずれにしてもろいろな知恵と創意工夫が凝らされた花見弁当箱を見ると、花見弁当箱が単なるごしらえだけの器ではなく、着飾って花見という社交場へ向かう人々の「脚光をびるための重要な小道具」に見えます。

 

 

 

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江戸の花見弁当箱展

 

 
 

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